ナレンドラ ダモダルダス モディ नरेन्द्र दामोदरदास मोदी Narendra Damodardas Modi 太陽系は約46億年前、銀河系(天の川銀河)の中心から約26,000光年離れた、オリオン腕の中に位置。 18代インド首相 前グジャラート州首相

 


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理的綱領と指針を早急に定める必要があると考え
た。そこで1948年9月にいわゆる「ジュネーヴ宣
言」を出し、ナチスの医師たちの犯罪を非難して、
二度とこのような犯罪を繰り返さないように戒め
た。ジュネーヴ宣言では医学実験そのものへの言
及はなされなかったが、1953年からは医療倫理委
員会が人体実験に関する《医師による医師のため
の》専門職綱領の検討を始め、1954年の第8回総
会で「人体実験に関する決議:研究と実験関係者
のための諸原理」が採択される。その中に含まれ
ていた5つの基本原理の概要は以下の通りである。
・実験は被験者を尊重する一般的規則に従う、資
格のある科学者によらなければならない
・医学実験の最初の成果は慎重に公表しなければ
ならない
・人体実験を行う際には実験者が第一の責任を負

・健康な被験者に実験する場合は、被験者の、完
全に情報を与えられた、自由な同意を得なければ
ならない。患者に実験する場合は、患者あるいは
最近親者の同意を得なければならない。実験者は
被験者ないし後見人に実験の内容とそれを行う理
由と危険性を伝えなければならない
・冒険的な手術や治療は絶望的な場合にのみ行っ
てよい
医療倫理委員会はさらに検討を重ね、1961年の
第 15 回総会に人体実験に関する綱領の草案を提
出する。これが最終的には1964年の第18回総会
で採択され「ヘルシンキ宣言」となった(以上
Perley et al. [1992] 参照)
この1964年の「ヘルシンキ宣言」初版は、1931
年のドイツの指針のように、患者の治療に役立つ
と期待される臨床研究(治療的実験、すなわち新
治療法の実験的臨床応用)と、純粋に科学的で被
験者本人には治療的利益がない臨床研究(非治療
的実験、すなわち科学的人体実験)を区別した。
た、被験者の同意という条件を「基本原則」の中
には含めず、治療的実験へのインフォームド・コ
ンセントは、「患者の心理に合致し、もし可能なら
ば」得るべきとし、法的・身体的に同意できない
場合には法的後見人の同意でよいとしている。た
だし、非治療的実験への同意は文書によらなけれ
ばならない。
その後ヘルシンキ宣言は、1975年に東京で行わ
れた総会で改訂され、実験的手続きの実施計画は
「特別に任命された独立の委員会に提出され、審
査・助言・指導を受けるべき」とされた。また、イ
ンフォームド・コンセントがより重視され「基本
原理」の中に組み入れられた。
ヘルシンキ宣言はその後 1983 年、1989 年、
1995 年、2000 年にも改訂され、現在は第6版と
なっている。ここには最新版の全文を掲げておく。
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ヘルシンキ宣言:ヒトを対象とする医学研究の
倫理的原則
1964 年6 月、フィンランド、ヘルシンキの第 18
回WMA総会で採択
1975 年10 月、東京の第29 回WMA総会で修正
1983年10月、イタリア、ベニスの第35回WMA
総会で修正
1989 年9 月、香港、九龍の第41 回WMA総会で
修正
1996 年10月、南アフリカ共和国、サマーセット
ウエストの第48回WMA総会で修

2000年10月、英国、エジンバラの第52回WMA
総会で修正
A. 序言
1. 世界医師会は、ヒトを対象とする医学研究に関
わる医師、その他の関係者に対する指針を示す倫
理的原則として、ヘルシンキ宣言を発展させてき
た。ヒトを対象とする医学研究には、個人を特定
できるヒト由来の材料及び個人を特定できるデー
タの研究を含む。
2. 人類の健康を向上させ、守ることは、医師の責
務である。医師の知識と良心は、この責務達成の
ために捧げられる。
3. 世界医師会のジュネーブ宣言は、「私の患者の
健康を私の第一の関心事とする」ことを医師に義
務づけ、また医の倫理の国際綱領は、「医師は患者
の身体的及び精神的な状態を弱める影響をもつ可
能性のある医療に際しては、患者の利益のために
のみ行動すべきである」と宣言している。
4. 医学の進歩は、最終的にはヒトを対象とする試
験に一部依存せざるを得ない研究に基づく。
5. ヒトを対象とする医学研究においては、被験者
の福利に対する配慮が科学的及び社会的利益より
も優先されなければならない。
6. ヒトを対象とする医学研究の第一の目的は、
防、診断及び治療方法の改善並びに疾病原因及び
病理の理解の向上にある。最善であると証明され
た予防、診断及び治療方法であっても、その有効
性、効果、利用し易さ及び質に関する研究を通じ
て、絶えず再検証されなければならない。
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7. 現在行われている医療や医学研究においては、
ほとんどの予防、診断及び治療方法に危険及び負
担が伴う。
8. 医学研究は、すべての人間に対する尊敬を深
め、その健康及び権利を擁護する倫理基準に従わ
なければならない。弱い立場にあり、特別な保護
を必要とする研究対象集団もある。経済的及び医
学的に不利な立場の人々が有する特別のニーズを
認識する必要がある。また、自ら同意することが
できないまたは拒否することができない人々、強
制下で同意を求められるおそれのある人々、研究
からは個人的に利益を得られない人々及びその研
究が自分のケアと結びついている人々に対しても、
特別な注意が必要である。
9. 研究者は、適用される国際的規制はもとより、
ヒトを対象とする研究に関する自国の倫理、法及
び規制上の要請も知らなければならない。いかな
る自国の倫理、法及び規制上の要請も、この宣言
が示す被験者に対する保護を弱め、無視すること
が許されてはならない。
B. すべての医学研究のための基本原則
10. 被験者の生命、健康、プライバシー及び尊厳
を守ることは、医学研究に携わる医師の責務であ
る。
11. ヒトを対象とする医学研究は、一般的に受け
入れられた科学的原則に従い、科学的文献の十分
な知識、他の関連した情報源及び十分な実験並び
に適切な場合には動物実験に基づかなければなら
ない。
12. 環境に影響を及ぼすおそれのある研究を実施
する際の取扱いには十分な配慮が必要であり、ま
た研究に使用される動物の生活環境も配慮されな
ければならない。
13. すべてヒトを対象とする実験手続の計画及び
作業内容は、実験計画書の中に明示されていなけ
ればならない。この計画書は、考察、論評、助言
及び適切な場合には承認を得るために、特別に指
名された倫理審査委員会に提出されなければなら
ない。この委員会は、研究者、スポンサー及びそ
れ以外の不適当な影響を及ぼすすべてのものから
独立であることを要する。この独立した委員会は、
研究が行われる国の法律及び規制に適合していな
ければならない。委員会は進行中の実験をモニ
ターする権利を有する。研究者は委員会に対し、
モニターの情報、特にすべての重篤な有害事象に
ついて情報を報告する義務がある。研究者は、資
金提供、スポンサー、研究関連組織との関わり、
の他起こり得る利害の衝突及び被験者に対する報
奨についても、審査のために委員会に報告しなけ
ればならない。
14. 研究計画書は、必ず倫理的配慮に関する言明
を含み、またこの宣言が言明する諸原則に従って
いることを明示しなければならない。
15. ヒトを対象とする医学研究は、科学的な資格
のある人によって、臨床的に有能な医療担当者の
監督下においてのみ行われなければならない。被
験者に対する責任は、常に医学的に資格のある人
に所在し、被験者が同意を与えた場合でも、決し
てその被験者にはない。
16. ヒトを対象とするすべての医学研究プロジェ
クトは、被験者または第三者に対する予想し得る
危険及び負担を、予見可能な利益と比較する注意
深い評価が事前に行われていなければならない。
このことは医学研究における健康なボランティア
の参加を排除しない。すべての研究計画は一般に
公開されていなければならない。
17. 医師は、内在する危険が十分に評価され、し
かもその危険を適切に管理できることが確信でき
ない場合には、ヒトを対象とする医学研究に従事
することを控えるべきである。医師は、利益より
も潜在する危険が高いと判断される場合、または
有効かつ利益のある結果の決定的証拠が得られた
場合には、すべての実験を中止しなければならな
い。
18. ヒトを対象とする医学研究は、その目的の重
要性が研究に伴う被験者の危険と負担にまさる場
合にのみ行われるべきである。これは、被験者が
健康なボランティアである場合は特に重要である。
19. 医学研究は、研究が行われる対象集団が、そ
の研究の結果から利益を得られる相当な可能性が
ある場合にのみ正当とされる。
20. 被験者はボランティアであり、かつ十分説明
を受けた上でその研究プロジェクトに参加するも
のであることを要する。
21. 被験者の完全無欠性を守る権利は常に尊重さ
れることを要する。被験者のプライバシー、患者
情報の機密性に対する注意及び被験者の身体的、
精神的完全無欠性及びその人格に関する研究の影
響を最小限に留めるために、あらゆる予防手段が
講じられなければならない。
22. ヒトを対象とする研究はすべて、それぞれの
被験予定者に対して、目的、方法、資金源、起こ
り得る利害の衝突、研究者の関連組織との関わり、
研究に参加することにより期待される利益及び起
こり得る危険並びに必然的に伴う不快な状態につ
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いて十分な説明がなされなければならない。対象
者はいつでも報復なしに、この研究への参加を取
りやめ、または参加の同意を撤回する権利を有す
ることを知らされなければならない。対象者がこ
の情報を理解したことを確認した上で、医師は対
象者の自由意志によるインフォームド・コンセント
を、望ましくは文書で得なければならない。文書
による同意を得ることができない場合には、その
同意は正式な文書に記録され、証人によって証明
されることを要する。
23. 医師は、研究プロジェクトに関してイン
フォームド・コンセントを得る場合には、被験者が
医師に依存した関係にあるか否か、または強制の
下に同意するおそれがあるか否かについて、特に
注意を払わなければならない。もしそのようなこ
とがある場合には、インフォームド・コンセント
は、よく内容を知り、その研究に従事しておらず、
かつそうした関係からまったく独立した医師に
よって取得されなければならない。
24. 法的無能力者、身体的若しくは精神的に同意
ができない者、または法的に無能力な未成年者を
研究対象とするときには、研究者は適用法の下で
法的な資格のある代理人からインフォームド・コン
セントを取得することを要する。これらのグループ
は、研究がグループ全体の健康を増進させるのに必
要であり、かつこの研究が法的能力者では代替し
て行うことが不可能である場合に限って、研究対
象に含めることができる。
25. 未成年者のように法的無能力であるとみられ
る被験者が、研究参加についての決定に賛意を表
することができる場合には、研究者は、法的な資
格のある代理人からの同意のほかさらに未成年者
の賛意を得ることを要する。
26. 代理人の同意または事前の同意を含めて、同
意を得ることができない個人被験者を対象とした
研究は、インフォームド・コンセントの取得を妨
げる身体的/精神的情況がその対象集団の必然的
な特徴であるとすれば、その場合に限って行わな
ければならない。実験計画書の中には、審査委員
会の検討と承認を得るために、インフォームド・コ
ンセントを与えることができない状態にある被験
者を対象にする明確な理由が述べられていなけれ
ばならない。その計画書には、本人あるいは法的
な資格のある代理人から、引き続き研究に参加す
る同意をできるだけ早く得ることが明示されてい
なければならない。
27. 著者及び発行者は倫理的な義務を負っている。
研究結果の刊行に際し、研究者は結果の正確さを
保つよう義務づけられている。ネガティブな結果も
ポジティブな結果と同様に、刊行または他の方法
で公表利用されなければならない。この刊行物中に
は、資金提供の財源、関連組織との関わり及び可能
性のあるすべての利害関係の衝突が明示されてい
なければならない。この宣言が策定した原則に沿わ
ない実験報告書は、公刊のために受理されてはな
らない。
C. メディカル・ケアと結びついた医学研究のた
めの追加原則
28. 医師が医学研究をメディカル・ケアと結びつけ
ることができるのは、その研究が予防、診断または
治療上価値があり得るとして正当であるとされる
範囲に限られる。医学研究がメディカル・ケアと結
びつく場合には、被験者である患者を守るためにさ
らなる基準が適用される。
29. 新しい方法の利益、危険、負担及び有効性は、
現在最善とされている予防、診断及び治療方法と比
較考量されなければならない。ただし、証明された
予防、診断及び治療方法が存在しない場合の研究に
おいて、プラシーボまたは治療しないことの選択を
排除するものではない。
30. 研究終了後、研究に参加したすべての患者は、
その研究によって最善と証明された予防、診断及
び治療方法を利用できることが保障されなければ
ならない。
31. 医師はケアのどの部分が研究に関連している
かを患者に十分説明しなければならない。患者の
研究参加の拒否が、患者と医師の関係を断じて妨
げるべきではない。
32. 患者治療の際に、証明された予防、診断及び
治療方法が存在しないときまたは効果がないとさ
れているときに、その患者からインフォームド・
コンセントを得た医師は、まだ証明されていない
または新しい予防、診断及び治療方法が、生命を
救い、健康を回復し、あるいは苦痛を緩和する望
みがあると判断した場合には、それらの方法を利
用する自由があるというべきである。可能であれ
ば、これらの方法は、その安全性と有効性を評価
するために計画された研究の対象とされるべきで
ある。すべての例において、新しい情報は記録さ
れ、また適切な場合には、刊行されなければなら
ない。この宣言の他の関連するガイドラインは、
この項においても遵守されなければならない。
(日本医師会訳。 h t t p : / / w w w . m e d . o r . j p / w m a /
helsinki00_j.html より転載)
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5.日本軍が行った人体実験はなぜ「悪い」のか
さて、これらの人体実験の許容基準の内容を踏
まえた上で、日本軍が行った人体実験はなぜ「悪
い」といいうるのか、考察する。
第4節に紹介した4つの基準は、いずれも日本
軍の人体実験に直接適用できるものではない。い
いかえれば、これらの基準を実定的な法のように
みなして、日本軍の人体実験が基準に違反してい
ることを根拠に法的制裁を科すことはできない。
日本軍が実験を行った1933年頃から1945年にか
けての時期には、ニュルンベルク・コードとヘル
シンキ宣言はまだ存在していなかったし、すでに
存在していたプロイセンの大臣命令とドイツの
1931年指針にしても、プロイセンないしドイツ国
内にしか法的効力は及ばない。
しかしながら、これらの基準に示された内容は、
単なる実定法的な意義だけではなく、時代や地域
を超えた自然法的な普遍性を持っていると考えら
れる(8)。すなわち、現代において、人間を対象と
して、新治療法の臨床応用や科学的実験を行う医
師ないし医学研究者は誰でも、これらの基準に含
まれる基本的条件を守らなければならない。なぜ
なら、これらの基準はまさしく、人間を対象に実
験的治療や科学的実験を行わざるを得ないという、
医療および近代医学の本質的要請に対応して作ら
れたものだからである。プロイセンの大臣命令と
ドイツの1931年指針は、十五年戦争期に当時の医
学が、すでにこれらの基準が適用される段階にま
で達していたことを示している。
それでは、これら4つの基準に含まれる人体実
験の普遍的な遵守条件とは何か。主要なものとし
ては、以下の4つの条件が取り出せるだろう。
(1) 被験者が自由にインフォームドコンセントを
与えていること
すなわち、実験の目的・内容・危険性・代替手
段などについて正確に説明し、被験者本人がそれ
を十分に理解した上で自由に同意を与えることが、
実験を実施するための必須条件である、というこ
とである。これには、被験者本人の同意(プロイ
セン大臣命令 [ 以下P と略記 ] I-2、ドイツ 1931
年指針 [以下Rと略記] 5/12-a、ニュルンベルク・
コード [以下Nと略記] 1、現行ヘルシンキ宣言 [
以下H と略記] 20/22)、実験内容の適切な説明
(PI-3、R5、N1、H22/31)、被験者が強制されず
自由な状況にあること(R7、N1/9、H8/20/23/
31)、同意文書や記録の作成(PII-2、R10、H22/
32)などが含まれる。被験者が子供や未成年者な
ど十分な同意能力がない場合の扱いについては、
新治療法の実験的臨床応用については後見人の同
意がある場合や緊急の場合に認めるが、科学的実
験の被験者とすることは禁じるもの(PI-1、R5/
12-c/12-d、N1)と、後見人の代理同意によって
科学的実験の被験者になることも認めるもの
(H24/25。ただし賛意を表明する能力がある子供
や未成年者が被験者の場合はその賛意も得なけれ
ばならないとしている)があり、見解が分かれて
いる。また、緊急の状況などでインフォームド・コ
ンセントが得られずに行った場合は、その事情を
詳細に記録に残さなければならない(R10、H26)。
(2) 被験者の被る危険性が、実験の成果として期待
される科学的利益に比べて小さいこと
すなわち、被験者に及ぼす危険性と予想される
科学的利益を天秤にかけて、危険性が利益を上回
るほど大きければ行うべきでない、ということで
ある。これは、危険性と利益の比較衡量(R4/8、
N6、H5/16/17/18)のみならず、そもそも実験
が行き当たりばったりの無計画なものや無意味な
ものではなく社会的善に貢献するものであること
(R12-b、N2、H6)、不要な身体的・心理的苦痛
や傷害を避けること(N4)、新治療法(予防・診
断法を含む)の場合は現在最善とされている方法
と比較されていなければならないこと(H29)も
含んでいる。また、ヘルシンキ宣言で「被験者の
完全無欠性 integrity」という言葉の下に求められ
ているプライバシーの守秘や人格的影響を最小限
に留めること(H10/21)の一部は、ドイツ1931
年指針では結果の公表に際して被験者と人道的原
則 に 敬 意 を 払 う こ と と し て 定 め ら れ て い る
(R11)
(3) 被験者に傷害や障害や死をもたらしてはならな
いこと
これは、被験者の被る危険性が著しく大きく、
傷害や障害や死をもたらすとわかっている場合は、
決して実験を行うべきではない、ということであ
る。この条件は(1)と(2)の条件を補う歯止めとし
て機能する。被験者のインフォームド・コンセン
トという(1)の条件だけでは《どんなに危険な実験
であっても、被験者本人が十分に理解し自発的に
同意していれば行ってよい》ということになりか
ねない。また、被験者の被る危険性と科学的成果
を比較衡量すべしという(2)の条件だけでは、《き
わめて大きな科学的成果が確実に得られる実験な
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ら、少数の被験者に障害や死を引き起こしても正
当化されうる》という考え方につながりかねない。
そこで《いかに大きな科学的成果が期待でき、被
験者が熟知の上で同意していようとも、被験者に
傷害や障害や死をもたらす実験は行ってはならな
い》というこの条件が歯止めとして必要になる。
この条件を明示している(N5/7/10)のは、ま
さしく被験者に傷害や障害を加え死を招いた実験
を扱ったニュルンベルク・コードだけであるが、
他の基準でも当然のこととして暗黙のうちに前提
にされていると思われる。ヘルシンキ宣言では、
危険が予測されその危険をコントロールできない
場合は実験を行うべきでないし、実験開始後にそ
う判明すれば直ちに中止することを求めている
(H17)
(4) 周到な準備に基づき、審査と承認を得て行わ
れ、結果を公表すること
これは、科学的にしっかりした実施計画を立て
ていること(R12-b、N2、H11/13/14)、動物実
験などの知見に基づいていること(R4/12-b、
N3、H11)、実験を行う資格のある者でなければ
行ってはならないこと(PII-1、R9、N8、H15)
責任を負う施設長の許可(PII-1)や主任医師の委
任(R9)ないし独立の委員会による審査(H13)
を受けていること、実験の結果を公表すること
(H27)を含んでいる。結果の公表を明確に求めて
いるのはヘルシンキ宣言だけであるが、実験がこ
こに挙げられた条件を満たしているかどうか明ら
かにするためだけでなく、医学の進歩のために行
われる以上、その成果を医学界で共有し、再検証
の機会を得るためにも、公表は不可欠である。
ただし、科学者共同体の中で正当とされること
を要求するこの条件は、それだけでは被験者の人
権を護るためには不十分である。というのは、科
学者共同体(科学界、医学界)自体、あるいは施
設長や主任医師、あるいは独立の審査委員会がみ
な、被験者の人権擁護よりも科学性の方を優先さ
せてしまうこともありうるからである。科学的で
あることが、被験者の人権擁護とつねに一致する
とは限らない。場合によっては、科学的であろう
とすることがかえって被験者の人権を大きく侵害
することもある。したがって、この条件が十分な
条件となるためには、科学者共同体とその成員全
員が、まず上記の (1) (2) (3) の条件を遵守し、被
験者の人権擁護を自明の前提として認識している
必要がある。
これら4つの普遍的条件に照らして、日本軍の
人体実験を検討してみる。
(1') まずインフォームド・コンセントの条件であ
るが、日本軍の人体実験および生体解剖の被験者
となった人々は、完全に本人の意志に反して強制
的に実験台とされており、全く遵守されていない。
それどころか、一顧だにされていないといったほ
うが正確だろう。彼/彼女たちはスパイや抗日活
動家との疑いをかけられて憲兵隊に捕らえられ、
「特移扱」と呼ばれる被験者調達システムにより、
七三一部隊などに送られた。その際、どのような
実験に使われるのかの説明も、本人の意志の確認
も、行われる余地は一切なかった。
(2') 危険性と科学的利益の比較衡量という条件に
ついては、もし生物兵器開発や大日本帝国の勝利
を「成果」とみなすなら、実験の成果として期待
されていた利益は、日本軍や大日本帝国にとって
は大きなものであったといえるかもしれない。ま
た、実験を行った医師たちは、被験者の生命健康
に配慮する通常の実験では決して得られない科学
的知見を、大きな成果として期待していたのかも
しれない。
しかしながら、日本軍の行った人体実験や生体
解剖は、その成果を世界の医学界に発表して科学
的知見として蓄積し共有できるような性質のもの
では全くなかったし、そうすることを目的として
行われたわけでも決してなかった。そんなことを
したら実験遂行者と大日本帝国は激しい国際的非
難を浴びただけだろうし、生物兵器を秘かに開発
するという本来の目的自体を何も達成できないこ
とになる。だからこそ実験は「秘中の秘」とされ
た。しかし、いくら新たな知見が得られても、世
界の科学者共同体によって共有され、再検証の機
会が与えられなければ、科学的知見としての資格
を得ることができない。
軍事目的の秘密人体実験は、軍と国の利益にし
かならない偏狭な成果しか生まない。だが、科学
や医学の目的とは、単に個人や一国に利益をもた
らすのではなく、人類全体に利益をもたらすとい
うことにほかならない。その意味で、軍事目的の
秘密人体実験の成果は「科学的知見」になりえな
(9)
また、被験者を殺すことによって得られた知識
は、獲得手続きの不正さのゆえにも、科学的成果
として認められない (10)。
したがって、日本軍の人体実験によって期待さ
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れ、実際に得られた「科学的利益」は、ほとんど
無に等しいものであったといわざるを得ない。そ
れは日本軍の生物兵器開発を成功させ、米国が非
人道的医学犯罪の追及を放棄してまで欲しがった
ものであったにもかかわらず、やはり「科学的成
果」とは言い難い。
これに対し、被験者の被る危険性は莫大なもの
であった。当初より、被験者にされた人々はすべ
て殺されることになっていた。そうでなければ
「秘中の秘」を守ることができないからである。
三一部隊では、ソ連参戦時に生き残っていた被験
者も、証拠隠滅のために全員殺された。結局、日
本軍の人体実験および生体解剖の実験台にされた
人々は、誰一人として生きて帰れなかった。しか
も被験者たちは「マルタ」として人格を剥奪され、
手枷足枷をはめられ監獄に閉じこめられて、全く
人間扱いされていなかったのであるから、「完全無
欠性」に対しての配慮も皆無だった。健康状態だ
けは良好に保たれるよう注意されたが、それは被
験者が健康でないと感染等の実験が成り立たない
という便宜的都合からにすぎない。死んだ後でさ
え、塵芥のごとく土に埋められたり、焼かれた後
骨を川に流されたり、標本にされたりして、冒涜
は続いた。
このように、実験によって期待される利益は科
学的なものとは言い難く、しかも被験者の被る危
険性は死という最大限のものだったがゆえに、被
験者に及ぼす危険性が実験によって期待される科
学的利益を上回ってはならないという条件も、
まったく満たされていないことがわかる。
(3') 日本軍の人体実験および生体解剖が、被験者
に傷害や障害や死をもたらすと予測される実験は
行ってはならないという条件に完全に反している
ことは、改めて述べるまでもない。被験者を待っ
ているのは死のみである。しかも殺す過程で著し
い苦痛を与えている。したがって、この条件が満
たされる余地は絶無である。
(4') 最後に、周到な準備に基づき、審査と承認を
得て行われ、結果を公表するという条件について
も問題が多い。
まず、結果の公表については、たとえば石井機
関においては『陸軍軍医学校防疫研究報告』『関
東軍防疫給水部研究報告』など、ネットワークの
内部だけに発表される極秘の形で、論文などが書
かれていた。しかしこれは上に述べたように、世
界の医学界に発表するようなものではなく「公表」
とはいえない。
また、審査と承認については、軍の組織の中で
予算と資材が提供され実験が行えた以上、明示的
にであれ暗黙のうちにであれ、とにかく軍や所属
機関(部隊、病院、大学等)の承認を得ていたと
いえる。したがって、最終的には昭和天皇にまで
至る上官や、軍、国の責任が問われる。だが、承
認するに当たって行われた審査は、第4節に紹介
した基準が念頭に置いていたような厳密なものと
はいえなかったし、まして独立性が保たれたもの
でもなかった。
ただ、周到な準備については、それなりに満た
されていた可能性はある。実験の実施計画につい
ては、伝えられる実験の一部に関してしか論文や
報告が発見されていないので不明な点が多いが、
成果を上げるためにそれなりに科学的にしっかり
したものが立てられていたと推測することもでき
る。また、実験を行ったのは当時の日本において
は確かに「科学的に資格のある」研究者や医師た
ちであった。さらに、動物実験を課す条件につい
ては、まさしく動物実験では調べられないことだ
からこそ人体実験を行ったのかもしれない。人体
実験の必要性とは本来そういうものであり、動物
実験で代替できない人体実験を行うことそれ自体
は認められている。第1節で述べたように、問題
になるのは人体実験をすること自体ではなく、ど
ういう人体実験をするかということである。
しかしながら、もし仮に日本軍の人体実験が、
科学的な計画に基づき、科学的資格のある研究者
により、科学的必要に基づいて行われたものだっ
たとしても、それだけで倫理的に正当化できるわ
けではない。科学的にしっかりした人体実験のほ
うが、いい加減な人体実験よりも、より残虐なこ
ともある。科学性と倫理性は必ずしも一致しない。
6.結語
第1節で述べたように、人体実験(人間を被験
者として行われる実験ないし研究)は医学・医療
にとって不可欠である。したがって、医療倫理学
にとって人体実験の問題は、医学・医療の本質に
関わる重要な研究課題である。実際、実験医学が
近代医学の主流になって以来、欧米の医療倫理学
(ないし「生命倫理学」)は、人体実験論を大きな
一つの柱として発展してきた(Rothman [1991]
等を参照のこと)現代の医療倫理学が先端医療技
術への倫理的対応を重大な課題としており、しか
も先端医療技術の臨床応用はきわめて実験的な色
彩が強い以上、これは当然のことである。しかし
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ながら奇妙なことに、日本の医療倫理学ないし生
命倫理学の学界においては、人体実験論、すなわ
ち人間を被験者として行われる実験ないし研究に
ついての議論が、ほとんど行われていない。日本
の医療倫理学界は主に、臓器移植、生殖技術、ク
ローニング、遺伝子解析など、個々の先端医療の
トピックを場当たり的に取り上げて論じてばかり
いて、そうした先端医療技術の臨床応用について
包括的に論じる枠組を提供するはずの人体実験論
にはほとんど取り組んでいない(詳細は土屋
[2000a] [ 近刊 ] を参照)
最近、日本の国会や政府も、これらの先端医療
技術に関して、つぎつぎに法律や行政指針を制定
して、国による管理に乗り出している(臓器移植
法、ヒト・クローン法、遺伝子解析研究に付随す
る倫理的問題等に対応するための指針 [ 厚生省ミ
レニアム指針]、ヒトゲノム研究に関する基本原
則、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指
針 [共通指針]、ヒトES細胞の樹立及び使用に関
する指針、特定胚の取り扱いに関する指針など)
これらの法律や指針はすべて、本稿でいう人体実
験、すなわち新治療法の臨床応用か人間を被験者
とする研究を対象としたものであり、その根本的
原理は、第4節および第5節に述べたような普遍
的遵守条件に求められるはずである。にもかかわ
らず、日本政府が人間を対象にする実験・研究一
般に関する指針を定めようとする気配は今のとこ
ろない。これまでに作られた法や指針もまた、医
療倫理学界での議論と全く同じように、トピック
ごとの場当たり的なものばかりであり、しかも省
庁による縦割り行政をそのまま反映して、それそ
れの法や指針相互の関連や管轄もきわめてわかり
にくい代物になっている。
なぜ日本では、人間を対象とした実験・研究と
いう、医療倫理の根幹に関わる本質的問題につい
て議論ができないのか。その原因は、日本国政府
と日本の医学界、そして日本の社会にとって、「人
体実験」が正面から向き合えない問題になってし
まっていることにある。それはいうまでもなく、
十五年戦争期に日本国と日本の医学界が中国の地
で行った人体実験および生体解剖による虐殺につ
いて、米国と共に隠蔽し、ソ連・中国・朝鮮(韓
国および朝鮮民主主義人民共和国)などによる国
際的追及をかわして、真相究明と反省・謝罪・賠
償を怠ってきたことによる。日本にとって「人体
実験」とは、国会や政府や医学界においては黙し
て語らぬタブーであり、社会においては過去のグ
ロテスクなホラー物語であって、現在の先端的な
科学的医学医療とは何の関わりもないものと見ら
れている。いずれにせよ、学術的研究の対象にな
るものとは全くみなされていない。
だが、ヒトゲノム解析やクローン技術、再生医
学などに代表される、止まることを知らぬ先端医
療技術の研究開発に対しては、いずれ政府にして
も学界にしても、現在のようなトピックごとの場
当たり的な対応では追い付かなくなるだろう。先
端医療技術の規制は、人間を対象とする実験・研
究が遵守すべき基本的原理を明らかにし、それに
憲法的な位置づけを与え医学研究全体の倫理的根
本原理として確立した上で、個々のトピックに対
する各論的規制を行うというやり方が、論理的・
合理的・効率的であるし、世界的に見ても主流に
なっている。世界医師会がヘルシンキ宣言にきわ
めて重要な位置づけを与えているのも、人体実験
に関する倫理的原理こそ、今日における医学医療
の根本的原理たらざるをえないと認識しているか
らである。
日本の政府・医学界および医療倫理学界は、も
はや人体実験に関する議論を避けられない。人間
を対象とした実験研究が遵守すべき基本原理を、
明文化した形で定めなければならない。しかし、
その議論と人体実験の倫理的原理の明文化を、
いったいどのようにして行うつもりなのか。
もしその議論が、十五年戦争期に日本みずから
が行った人体実験および生体解剖による虐殺のこ
とに触れず、ただ第4節に紹介したような欧米で
確立している基準を表面的に導入して済ますなら
ば、これほど反倫理的なことはないし、それらの
基準の精神が日本の医学界に根付くことも全くな
いだろう。みずからが過去に行ったことを振り返
り、厳しく検討することこそ、倫理の出発点にほ
かならない。みずからの過去に目をつぶる者には
倫理を語る資格がないし、数千人とも数万人とも
いわれる犠牲者に対して、これ以上の冒涜はない。
また、現在世界的に通用している人体実験の倫理
的基準が、数々の非人道的な人体実験に対するい
かに苦渋に満ちた反省から生まれたかということ
を、みずから行った過去の医学犯罪から目をそら
さずに追体験し、日本の医学界こそこれらの基準
によって真っ先に裁かれる存在なのだということ
を理解しなければ、日本に医療倫理や医学研究倫
理などありえない。
被験者の保護を強化したヘルシンキ宣言の最初
の改訂が採択されたのは1975年、東京の総会にお
いてであった。当時の世界医師会長は日本医師会
会長の故武見太郎氏である。それから四半世紀後
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の2000年の総会でヘルシンキ宣言が大改訂され、
被験者保護の姿勢を一層強く打ち出したとき、世
界医師会長に就任したのは再び日本医師会会長の
坪井栄孝氏であった。しかしながら、十五年戦争
期に日本が行った医学犯罪を省みるとき、私には
この二つの偶然が運命の痛烈な皮肉に思えて仕方
がない。みずからの過去について何も言及しない
まま、日本医師会の会長がヘルシンキ宣言の精神
を世界に向けて高らかに謳い上げるという図は、
歴史を知る者から見れば、不誠実や厚顔無恥を通
り越して、もはやブラックジョークでしかない。
これを「国辱」と言わずして何と言おうか。国際
的には嘲笑されるどころかもはや呆れられ、被害
者とその遺族にはなお死んでも死にきれないほど
の怒り・恨み・苦しみを呼び起こし続けているこ
とに、日本の政府と医学界、および医療倫理学界
は、いつになったら気づくのか。
もはや道は一つしか残されていない。まず、十
五年戦争期に日本が行った人体実験および生体解
剖による虐殺の真相を、国民的規模で徹底的に究
明しなければならない。そして、その成果に基づ
き、国と医学界は、実質を伴った真摯な反省・謝
罪・賠償を行わなければならない。そうして初め
て日本は、ようやく国際的名誉を挽回できるとと
もに、人体実験すなわち人間を対象とする実験・
研究という医療倫理学の根本問題に取り組み、先
端医療技術の研究開発に対する基本的な倫理的原
理を自分たちのものとして手にすることができる
だろう。

(1) 本稿は、2001年3月17日に同志社大学で行わ
れた、十五年戦争と日本の医学医療研究会第4回
研究会における発表内容をもとにしている。本稿
の一部は、土屋 [1999a] [1999b] [1999c] [2000]
として発表されたものの一部を書き直したもので
ある。これらの発表時に貴重なコメントを下さっ
た諸氏に感謝します。
(2)「人間を被験者として行われる実験ないし研
究」には「人体」に対するものだけではなく、人
間の心理や意識に働きかける行動科学的実験・研
究も含まれる。したがって「人体実験」という言
葉は、人間を被験者として行われる実験の全体を
言い表す言葉としては少々不適切である。しかし、
本稿で扱うのは主に人間の身体を用いた医学実験
であり、行動科学的実験は取り扱わないので、「人
体実験」という言葉を用いても差し支えないよう
に思われる。
(3) なお、こうした人体実験および生体解剖のほ
か、日本軍は中国で実際に生物兵器を使用してお
り、多数の犠牲者が出ている。これも十五年戦争
期の日本の医学について考察する上で非常に重要
であるが、紙幅の関係上、本稿では取り扱えない。
(4) 以下、文中の引用・参照文献は(著者 [出版年:
引用ページ ])と示す。
(5) 19世紀末の欧米の非人道的な人体実験を告発
した書物として Veressayev [1900] がある。
(6) もちろん、「インフォームド・コンセント」と
いう言葉がこのプロイセンの大臣命令の中に使わ
れているわけではない。この英語の言葉が広く使
われるようになったのは1960年代以降である。
の言葉は、米国の公文書では原子力委員会の初代
事務局長キャロル・ウィルソンが1947年に書簡の
中で用いたのが最初である (ACHRE [1995:90])
が、公の場で初めて使われたのは1957年のサルゴ
対スタンフォード大学理事会訴訟の判決において
であった。本稿では「インフォームド・コンセン
ト」という言葉がその当時使われたかどうかにか
かわらず、内容から見て今日のインフォームド・
コンセントに該当することを「インフォームド・
コンセント」という言葉を用いて表現している。
(7) このように完成度の高い指針がありながら、
ぜナチス・ドイツの医師たちは明らかに指針違反
である人体実験を行ったのか、という疑問が生じ
る。ナチスは政権掌握後の1933年11月に動物実
験を禁止する動物虐待防止法を成立させているの
で、なおさらである。
そもそも 1931 年の指針自体に法的効力があっ
たのか、という点に関しては、1945年まで確かに
法として強制力を持っていたという説と、単なる
勧告に留まり法的効力はなかったという説がある
(Grodin [1992:129])。
また、1931年指針は法的効力があったのだが、
ナチスはユダヤ人・ポーランド人・ロシア人・ロ
マの人々・障害者などを「亜人間 Untermensch」
とみなし人間として扱わなかったので指針の対象
外とされ、しかも指針が必須とした動物実験を動
物虐待防止法が禁止したので、動物の代わりに
「亜人間」である人々が実験に使われることになっ
て し ま っ た の だ 、 と い う 説 も あ る (Baker
[1998:222-225])。
(8) 周知のように、ニュルンベルク裁判はまさしく
こうした発想に基づいて行われている。裁判の法
的根拠となった「ドイツ管理委員会法・第 10 号
Control Council Law No. 10」は戦後の1945年
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12 月20 日に定められたものであり、これを遡及
的に適用することによって、戦時中のナチスの行
為を裁いた。だが、この法律の第2条第1項に規
定された「平和に反する罪」「戦争犯罪」「人道に
反する罪」「国際軍事法廷によって有罪とされた犯
罪集団および組織の成員であること」の4つの罪
は、時代や地域に限定されない普遍的なものとさ
れたがゆえに、こうした遡及的適用が正当化され
た。なかでも「人道に反する罪」は最も普遍性が
高いと考えられる。
(9) ただし、軍事目的の秘密人体実験の結果が、
に機密解除されて一般公開され、人類共有の科学
的知見とされることはありうる。しかしながら、
それはあくまでも偶然的・副次的な結果にすぎな
いのであり、実験そのものの倫理的評価は、本来
目的とされていた利益に即してなされなければな
らない。
(10) ただし《非人道的な手続きによって得られた
知識であっても、人類の健康を増進し人命を救う
という目的に用いるのであれば、用いても構わな
いのではないか》いいかえれば《人類に貢献する
のであれば、出自にかかわらず科学的知見と呼ん
でもいいのではないか》という問題に関しては、
議論が残る。今日我々が利用している医学的知識
のかなりの部分は、過去の非倫理的な人体実験に
よって得られたものでもある。しかし、少なくと
も現代において獲得される医学的知見については、
遵守条件に適合する人体実験によって得られたも
の以外は認めないようにしないと、遵守条件その
ものがなし崩しにされてしまうだろう。
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